厚生労働省は
「梅毒の感染者数の増加傾向」
に注意喚起を促した。
2014年の感染者数が過去10年で最高、10年前の3倍水準
という由々しき事態が調査で判明したからだ。
しかも(米国でもみられない)女性層の感染増加が
著しいとは……。
梅毒は決して「昔の病気」ではない。
梅毒は臨床的に
第1期梅毒、第2期梅毒、後期(第3期・第4期)梅毒の3期に
分けられる。
性行為によって、粘膜の目に見えない傷口から
「梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)」が侵入する
ことで感染する全身性の性感染症だ。
梅毒は感染後3週間程度の潜伏期間を経て、外陰部に
無痛性潰瘍(hard chancre=硬性下疳)
と無痛性鼠径リンパ節腫脹(bubo indolenta=無痛性横痃)
が生じる。
これらのしこり(初期硬結)は小豆大でこりこり感が特徴
だが、しこり以外に足の付け根のリンパ節が腫れる
場合もある。
いずれも痛みはなく、数週間で自然消褪するが
体内の梅毒トレポネーマは依然存在するので
放置すれば第2期以降の症状が引き起こされる。
第2期梅毒の特徴は
感染後8週間程度で全身の粘膜・皮膚に生じる
発疹(syphilide=梅毒疹)である。
最初に四肢や体幹部に現われる
「梅毒性バラ疹(roseola)」は、第2期梅毒の先行皮疹だ。
最も早期に径1㎝程の円形/楕円形状の淡紅色班が
多発するものの、かゆみや痛みが伴わないことから
見逃される例も少なくない。
ちなみに、類似のバラ疹は、腸チフスやツツガムシ病と
いった全身性の細菌感染症でもみられる。
第2期梅毒疹の特徴例のひとつとして
手の平に多発性膿疱が見られるケースがある。
この梅毒性手掌膿疱(syphilitic palmar pustulosis)という
皮疹は、痛々しい見た目に反し、痛みや熱感などの症状はない。
独特の患部からドイツ語で「イチゴ種」と命名
部位に発生した紅色疹はすぐに潰瘍となり
周辺皮疹を徐々に吸収しつつ大きくなる。
表面は盛り上がり、乳頭腫状となって
易出血性の赤みを帯びてくるのでドイツ語で
“キイチゴ”を意味する「フランベシア(frambesia=イチゴ腫)」
と命名された。
梅毒性フランベシアは
熱帯地方にあるスピロヘータ(spiro chaeta常在菌の一種)
による皮膚感染症だ。画像の肉眼所見は
その熱帯イチゴ腫yaws(フランベシア)類似の
表面顆粒状であり、境界明瞭な隆起性披疹である。
手掌に生じる場合が多く、この患者例も表面びらんを伴い
鮮明な境界が認められる丘疹だ。
梅毒検査を受けず3~10年ほど放置した場合
後期梅毒に進行する可能性が高い。
末期となれば血管や髄膜が侵されて
神経梅毒、心血管梅毒、脳梅毒を引き起こし
今日では稀ながら最悪は死亡することもある。
“家庭の平和”に影響する“微妙な病気”
私が経験した、別の事例を紹介しよう。
症例は50代の男性。2年前に悪性リンパ腫の診断
を受け化学療法で寛解中だった。
1週間ほど前から発熱し、頚部と頭部の皮膚に
痛みを伴わないしこりができた。
臨床医は悪性リンパ腫の皮膚再発を疑った。
診断確定のため、皮膚のしこりが生検された。
ここからが病理医の出番――。
顕微鏡では
真皮に「形質細胞」という炎症細胞が多数みられ
血管の細胞が腫れていた。
梅毒スピロヘータに対する抗体を利用した免疫染色を
行うと、病変内にらせん菌が多数証明された。
第2期梅毒の診断の確定だ。
患者さんはペニシリン投与で無事治癒した。
このように、臨床的に疑われていない梅毒が
病理診断で初めて確定する場合がある。
病理医が、炎症のパターンから「梅毒の可能性を
疑えるか」にかかっているわけだ。
この患者さんが、いつどこで誰から梅毒をもらったかは
ご自身がよく分かっているだろう。
奥さんや家族にいったいどう説明するのか
“家庭の平和”をどう守るのか。
病理診断を担当した私は、影ながら心配した。
性感染症は、診断・治療の先にもいろいろな問題が
潜む“微妙な病気”なのである。
病理標本は嘘をつかない。
【感染大陸中国】
梅毒感染者40万人!
中国で最も猛威を振るっている性感染症といえば
梅毒である。
中国衛生部が発表した
「全国法定伝染病疫情状況」によると
2013年度の梅毒感染者数は40万6772人。
これは15年前の10倍以上であり、人口10万人あたりの
感染者数は約30人。
中国では梅毒の夫婦間感染や母子感染が問題と
なっているという。