朝鮮動乱は文在寅一家の運命を変えた。
文一家が、北朝鮮の興南(フンナム)埠頭(ふとう)から
避難の途についたのは1950年12月23日だった。
米貨物船で北脱出
その年の冬は米軍にも過酷なものとなった。
6月の戦争勃発以降、反転攻勢に出た米軍は敗走を
続ける金日成(キム・イルソン)を支朝国境に程近い
北朝鮮の臨時首都、江介に追い込んだ。
北へ向かって進軍する米軍第一海兵師団はしかし
江介に連なる長津湖付近で支那人民支援軍(支那軍)
7個師団、12万人の兵力に包囲される。
米軍の戦史上最も過酷な戦闘と記録されたこの戦いで
米軍は3600人を超える死傷者を出したが
支那軍の包囲網を辛くも突破して興南(フンナム)に
たどり着く。
興南は南を目指そうとする避難民でごったかえした。
省略
民主化を熱望する知識人らによる雑誌
『創作と批評』に掲載された李のベトナム戦争に関する
連載を文は熱心に読んだ。
「先生は、誰もが米国の勝利を信じて疑わない時期に
米国の敗北と南ベトナムの崩壊を予告した」
「(先生が書いた論文の)文字の行間から真実の勝利を
確認し私は喜びの戦慄を覚えた」
米国の敗北を確認し喜びの戦慄を覚えたというくだりは
大統領選挙で保守系候補からの格好の攻撃材料となった。
省略
http://www.sankei.com/west/news/170815/wst1708150059-n1.html
※朝鮮(動乱)戦争を日本と戦ったと思っている人が多くいる
ということですが、本当ですか???
南朝鮮の高校歴史教科書(アマゾンで買えるもの)には
確かにそう書いてありました。
最初から最後まで常に抵抗し続け、とうとう日本を
追い出した・・・と。
米軍に命を助けてもらったのに
米軍が負けて喜ぶって
典型的な朝鮮人。
じゃあ、今回もそうなのかしら?
北のミサイル恫喝にアメリカが屈することに
喜びの戦慄を覚えていたりするのかな?
北のことをアメリカを脅せるなんて
同胞だから誇らしいとか思ってたり
するのかなwww。