*清国と朝鮮(宗主国さまと奴隷民族)
朝鮮と清国の従属関係について
(清だけでなく、元、明と歴代王朝でも属国)
※韓国
(ウンコ・南トンスルランド・南朝鮮・下朝鮮)
朝鮮は二千年来、人類史上、唯一、外族(異族)の支配を受けた
事の無かった珍しい国であり、日本の植民地支配を三十六年も
受けたのは、有史以来はじめてだったと教えているが、事実は?
○朝鮮族長は清の皇帝によって任命。
○朝鮮内で起こった事件の委細については
すべて皇帝に報告。
○清の使節に対して、酋長はソウル城門の外まで出迎え。
土下座で待機していた。(土下座外交の所以)
○朝鮮族長の地位は、清国廷臣の下である。
○朝鮮には、貨幣の鋳造権がない。
細かく定められた貢品以外に、毎年、牛三千頭、馬三千頭
各地の美女三千人を選り抜き、清国に朝貢することが
義務づけられていた。
牛馬三千頭を手に入れることも、容易なことではないが、
女性三千人を宗主国の清国に送るとなると、両班の娘だけ
では間に合わない。
米で農家の娘と物々交換するか、あるいは強制連行の
手段しかない。 (慰安婦問題の基礎)
ここに、今日、問題となっている
「強制連行」「慰安婦」の原点がある。
朝鮮の強制連行と慰安婦は、まさに朝鮮痛史であり
日韓併合を云々するならば、同時に、この朝鮮痛史にも
立ち向かわなければならないだろう。
朝鮮は中国や中央アジアと違って、唐の時代から
貢女を強制され、それが日本に独立させてもらうまで
続いたアジア唯一の国。
属国の中で、朝鮮だけはいつも全く無抵抗だった。
忠烈王二年閏三月、元使が高麗に至り、
帰附軍のため妻を献上するよう求めた。
高麗王は、何も言わなかった (『高麗史提綱』)。
『明実録』(永楽7年2月)
に記載されている例では、 明の黄儼が勅使として
朝鮮へ派遣され、直接美女を選んだとされている。
元宗十五年三月、元使が高麗を訪れて
「南宋襄陽府の軍人が妻を求めているので、 国中で結婚
が禁止し夫のない婦女を献上するように」 (『高麗史』)
このことに恐れおののいた朝鮮は、あわてて全国で
結婚を禁止し13~25歳までの処女を各地から数回に
わたって集めた。
さらに 高麗に駐在する元の役人もまた良家の婦女を求め
美女を選んで強制的に結婚した。
忠烈王元年冬(一二七五)十月、 処女を元に献上する
時期が近づいていたので、 国中で結婚が禁止された
(『高麗史』)。
永楽帝は父朱元璋と同様,多くの女性を後宮に集める
ことに,並々ならぬ熱 意を示した。
特に朝鮮に対しては,永楽六年以来,たびたび美女の
献上を 命じており、 朝鮮はそのたびに
屈辱的な思いを味わった。
永楽六年な どは,わざわざ婚姻を禁止して選抜を
行ったが明側も使者の宦官の意に沿わず、あらためて
美女の選抜をやりなおしたほどだ。
彼女たちが中国に向かう日,二度と会えぬ子を思う両親
や一族の哭き声が, いつまでも道にあふれていたという。
翌年の忠烈王元年
元は高麗へ南宋の降人部隊「蛮子軍」1400人を派遣し
駐屯させた。
高麗政府は、軍人たちを慰めるため再び
「寡婦処女推考別監」を設け、各地へ役人を派遣し婦女を
推考選別したのだった。
しかし、 中華帝国の朝廷が、朝鮮人の「貢女」選考に
ついて少しでも不信を抱けば、すぐに朝廷から勅使が
派遣された。
勅使は、当然のごとく朝鮮の王宮へ乗り込み、ときには
勅使が直接選考をすることさえあったという。
韓国人が誇るものの中に「東方礼儀の国(邦)」とういう
朝鮮を指し示す言葉がある。
この言葉の本当の意味を知っている韓国人は少ないのだが、これは
中国王朝から朝鮮へ贈られた言葉である。
即ち、中華の天子へ忠実に諸侯の礼を尽くしてきた朝鮮へ
中国が上記の「東方礼儀の国」という言葉を贈ったのである。
直訳すれば「中国の属国として礼節を尽くした国」という意味なのだ
この意味を韓国人は全く理解していないのが、皮肉である。
中国王朝の属国における歴代国王は、原則皇帝の臣下と見なされる。
朝鮮国王は中国皇帝によって任命され、中国の朝廷は朝鮮の王妃や
王太子の廃立に至るまで、その権限を振るうことが出来たのである。
ちなみにこの当時、朝鮮を実質的に指揮監督していたのは、中国王朝
の北洋大臣や直隷総督などである。
つまり族長というのは形ばかりのものであって
決して主権国家の元首として
扱われていたのではないのである。
さらに朝鮮族長の中国王朝からの使節の出迎えは余りにも
屈辱的である。
満州人の使節が来ると、朝鮮国王は自ら高官を引き連れて迎恩門
まで歓迎に赴いて、地面にひれ伏して使節に敬意を表し、宴会を催し
芸を披露して接待しなければならなかった。
嫡子は慕華館(迎賓館)で使節に酌の礼をするのが最大の
役目だった。
韓国人が直視すべき真実の歴史
「千年属国」
誰がどう見ても朝鮮は、中国の属国以下の扱いを受けて
いたのである。
現実に韓国以外の各国では歴史の教科書で、朝鮮関連の記述
(これ自体殆ど記述されていないのだが)において、全て例外なく
「朝鮮は中国の属国であった」と記している。
韓国が敬う中国でさえ朝鮮が中国歴代王朝の属国であったと
明示している。
通信使と謝恩使
江戸時代に日本に送った通信使は12回
一方宗主国に送った使節は正朝使とか謝恩使と呼ばれ
500回を越えると言われている。
頻度から見ても宗主国に送った使節は属国朝鮮にとって遙かに
重要であった。
ところが、現在の朝鮮は謝恩使を再現せず通信使のみを再現する。
なぜか?
それは万年属国だった歴史的事実を隠し、日本に
「先進の文物を伝えた」と主張したいが為であろう。
朝鮮通信使再現のニュースに接するたび、恣意的解釈に満ちた
彼らの歴史観、常に自分で自分を持ち上げようとする品性の無さ
等々悲しい民族の性を哀れと思う。
「朝鮮紀行 英国夫人の見た李朝末期 イザベラ・バード」の
中の一文
鶏や卵を盗むのは、両班の当然の権利であり、まさに強奪者
以外の何者でもない。
このことから、自国(李氏朝鮮)において、官僚や両班にとって
食い物など「勝手に盗ってよし」は普通のことであり、日本において
鶏を盗んだことで、なぜ咎められるのか理解できなかったことが
想像される。
「朝鮮紀行」は、日韓併合前後に、朝鮮半島を訪れた
女流紀行家イザベラ・バードが書いた。
【種受け(シバジ)】
種受けとは、朝鮮半島において、李氏朝鮮時代まで存在した
職業の一つで、後継ぎがいない名家の主人と性交をし、後継ぎの
男の子を出産する事により代金を得る職業である。
嫉妬した夫人に虐待される事も多かった。
男子では無く、女子が生まれた時は、その子は引き取られ
母親と同じ種受となり、世継ぎの子を出産したら
顔も見ない内に直ぐにその家を立ち去る事がシバジの掟である。
人権上問題が多く、韓国併合後に朝鮮総督府によって禁止された
戦後半世紀を経ようとする時節に、高給を得て「商売」していた
「娼婦」を日本軍の強制によるものであると激しいまでの
責任転嫁と謝罪要求、補償要求を展開し始める辺りは、いかにも
「ご都合主義」の韓国さながらである。
“歴史問題”を執拗に主張するのであれば、胸に手を当てて、自国の
古来からの「人権観」を内省すべきは韓国であり、朝鮮半島である。
史実の抹消、または書き替えのために、韓国が着手した愚かしい
国策が、併合時代の「親日派」とみなした人物とその子孫に対する
「財産没収」であり
戦時中の「娼婦」を「日本軍」の徴用によるものだ、と主張し出した
いわゆる“従軍”慰安婦の問題である。
これらにも共通しているのは、それが自国民であっても人を「人」と
見ない「人権観」薄弱な発想であり、“性奴隷”の“証言”に見られる
虐待や蹂躙(じゅうりん)の数々は、それがそのまま朝鮮人特有の
哲学であることは明白だ。
自国の婦女子に対して、朝鮮戦争で朝鮮人は何をして来たか。
また、ベトナム戦争で韓国軍は何をして来たか。
それらの事実を鑑みれば、日本軍への転嫁を試みる“性奴隷”の“
証言”は、そのまま朝鮮人の行為を証言しているに等しい。
心理学では、実は、己を語る事項を「他へ転嫁する」ことを
「投影」または「投射」というそうだ。韓国の場合はまさにこれである
"朝鮮" の中国語での本当の意味は
朝 (本義は朝見の意で比喩的に貢ぎ物) が
鮮 (少ない) です。
"鮮" の中国語での元の字は
「是+少」(態度がでかいくせに これ少なし の意) で一字。
高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は
王位につくやすぐさま、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て
国号を決めて貰っている。
この時、李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地
「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」
の国号を使うことを許されている。
世界史の中で様々な国が存在するが、他国に自国の国号を決めて
貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ一カ国である。
本来ならこの一時を持って、朝鮮が中国の属国であった事を
何よりも物語っているのだが、韓国人はこれでもまだ朝鮮が
中国の属国であったことを認めないのである。
現に、日本の殆どの歴史学者の言によれば「もし、日本海という壁
がなければ日本も朝鮮のような中国の属国となっていただろう」と
明言している。
これはまともな教育を受けた日本人なら誰もが認めるところだ。
運悪く海という壁がなかった朝鮮は、中国の属国として生きるしか
なかっただけであり、それを認めることは何の恥でもない。
いや、真実の歴史を覆い隠そうとすることこそが恥なのである。
千年属国として余りにも歪みきった朝鮮民族の精神は、
日本によって独立を得られた100年では矯正出来ないかも知れない。
だが、事大主義・属国根性に染まった現代の韓国人の精神を
健全なものとするには、まず最初の一歩として歴史の事実を認める
ことから始めなければならないのである。
千年属国の忌まわしいコンプレックスから今こそ
立ち直るときである。
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朝鮮は長い間、清国の属国だった
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