2015年1月、改正相続税法が施行される。
この改正によって、首都圏では課税対象者が倍増すると
言われている。
そこであらためて確認しておきたい相続対策だが
安易な対策はかえって大きなトラブルを惹き起こして
しまうこともある。
追徴課税を受けたり、親族間でモメるといったトラブルを
招かないために必要な相続対策のポイントを
『本当はもっとこわい相続税』(日本実業出版社)の著者
税理士の須田邦裕氏が解説する。
改正相続税法の施行が迫っている。
平成27(2015)年1月1日以降に亡くなる人の相続から
基礎控除が40%も引き下げられるのだ。
現行では1回の相続について
無条件に5000万円の基礎控除
それに相続人1人当たり1000万円の加算控除がある。
そのため、たとえば母と子供2人の合わせて3人が
相続する場合
控除額は5000万円+1000万×3人=8000万円。
父の残した遺産の総額が
8000万円以下であれば
相続税はかからないという
ことになる。
ところがこの控除額が
この例では
2015年から一気に
4800万円に引き下げられて
しまうのである。
このため首都圏などでは、新たに申告義務が生じる人は
倍増するとも言われている。普通のサラリーマン家庭でも
マイホームなどの不動産を所有していれば、それだけで
かなりの評価額になる。
それに預貯金などの金融資産を加えれば、基礎控除額は
軽く超えてしまうかもしれない。
相続税がどのくらいかかるのかはわからないけれども
できることなら上手な対策を立てておきたい。
そう思うのは当然だが、注意したいのは安易な相続税対策。
申告後に税務調査を受け、驚くほどの追徴課税を受ける
人も少なくないからだ。
千葉県在住の男性会社員Aさん(27歳、年収450万円)は
3年前に女の子を授かった。初孫の誕生に父母は大いに
喜び、衣服から食料品までさまざまな援助をしてくれる。
さらにあるとき現金300万円をプレゼントされた。
かわいい孫のためだし相続税対策になるからという
父の説明を聞き、ありがたく受け取って娘の名前で貯金した。
また東京都在住の男性会社員Bさん(34歳、年収600万円)は
昨年、念願のマイホームを手に入れた。
4000万円のマンションを購入するに際し
父親から1000万円の資金援助を受けた。
父は無口なため、贈与してくれたのか貸してくれたのか
はっきりしなかったが、そのまま購入資金の足しにした。
住むマンションは、もちろん自分の名前で登記した。
財産がたくさんあるから相続税が膨大になるわけで
もし遺産が少ないなら税金は安く済む。だから相続税対策
とは、一言で言えば、所有している財産を減らす作業である。
Aさんの父親もBさんの家族も、自分の財産を子供や孫に
分散させることによって将来の相続税対策を実行したつもり
だったのだろう。
実にわかりやすく、またオーソドックスな方式である。
だが世の中はそれほど甘くない。
この2人には後日
思いもしない訪問者を
招くことになる。
Aさんの父は、昨年亡くなった。
遺産の分割は親族間でスムーズに進み
相続税の申告も税理士に依頼して無事に済ませた。
ところがその相続税の申告について、今年に入って
税務調査が入ることになった。
何も問題はないだろうと高をくくっていたが
数年前に父から孫にプレゼントされた
前述の300万円の預金が問題になった。
すでに孫の名前になっているものだし、遺産とは
関係ないものと思い込み、税理士にも報告して
いなかったのだ。
税務署は、幼児には贈与の認識などないのだから
贈与契約が成立していたとは認められず
その300万円は故人の借名財産として申告しなければ
ならないという。
また妹や弟たちからは、兄さんの子供だけ300万円も
もらっていたなんて知らなかった
不公平だから遺産の分割をやり直すべきだと
クレームがついた。
修正申告では加算税を追徴され、ほかの家族には
平謝りするはめに。後味の悪い結末となってしまった。
Bさんにも災難は降りかかった。
マンションに住み始めて半年ほど経った頃、見慣れない
郵便物がポストに入っていた。
差出人は税務署である。慌てて開封したところ
マンションの購入資金をどのように調達したのかを
問う「お尋ね」の文書だった。
ありのままを書いて返信したところ、後日、税務署から
呼び出しがあり、贈与税を納めなさいとの指導を受けた。
父の資金を使って自分名義のマンションを購入したのなら
父から1000万円の贈与を受けたことになる、というのである。
贈与を受けた認識などなかったが、言われて初めてその
理屈を知った。
贈与税額は200万円を超えた。
相続税対策というのは、本に書いてあるように簡単な
ことではない。
所得税の確定申告なら、対策を立てる人が自分で
それを実行して申告するし、その説明も自分でできる。
ところが相続税の場合には、財産の内容をすべて
把握している人が亡くなった後で申告の作業が始まる。
故人の遺志など今となってはわからないし、共同作業を
する親族同士が仲たがいしているケースも少なくない。
一緒になってうまい具合に事を進めようと思っても
仲間割れが生じていたのでは作戦会議も開けないのである。
それなら親が生きているうちにすべての方針を決めて
おけばいいのだが、核家族化が進んだ昨今
家族のコミュニケーションがスムーズな家庭は
あまり多くない。
子供から親の財産について尋ねれば「お前は何を
考えているんだ」と言われかねないし
自分の財産を子供にすべて開示する親も滅多にいない。
このため相続税対策は、親が一方的に立案し、子供に
詳しい内容を知らせないまま相続が発生し
税務調査で玉砕する、というケースが後を
絶たないのである。
家族間では、他人との取引のように契約書や領収書を
作成するような他人行儀なことはあまり行われないため
後日になって何かを立証しようにも、その手段がない。
また生前にひとりの子供に多くの財産が流れると、それを
知らされていなかったほかの子供との間で感情的な
対立が顕著になることもある。相続税対策の立案とは
実に難しいものなのである。
前述のように、相続税対策とはすなわち財産を減らす
作業である。奇抜なアイデアを駆使しなくても
生前贈与などの方法を利用してコツコツと継続して
いけばそれなりの効果を発揮させることもできる。
ただし下記の2点には注意しなければならない。
第1に、生前贈与には贈与税という大敵が待ち構えて
いるということである。
親から子へ、安易に財産の名義変更をしてしまうと
大きな税負担が生じてしまう。
前出のBさんの場合には
親が出してくれた1000万円分に相当する
マンションの25%の持ち分を父親の名前で登記して
おけば、何の問題も生じなかったのである。
ただし住宅の購入に際しては
親から最大1000万円の資金贈与を受けても
課税されない「住宅取得資金贈与の特例」など
合法的な節税を実現できる特例措置もある。
一定の申告手続が必要なので、事前によく調べ
利用できる制度は最大限利用するようにしたい。
また 贈与税には年当たり110万円の基礎控除がある。
その金額の範囲内であれば、申告の必要もないので
毎年贈与を受け続けるというのも立派な
相続税対策である。
次に贈与税の特徴として、親族間の生活扶助であれば
課税の対象にならないという点を見逃してはならない。
つまり贈与を受けた側において、預金や不動産、乗用車
などの財産が残るから贈与税が課税されるのであり
子供の生活費や孫の教育費など、その都度、消費して
しまう資金として親から受け取るのであれば
それは課税の対象にはならないのである。
すなわち、消費の範囲内で親のすねをかじることが
相続税の節税につながる、ということである。
ただしその場合、兄弟間の公平性やバランスに気を
配るべきであることは言うまでもない。
お互いが承知して行うのであれば問題ないが、後日に
なってそのような事実が明らかになると、親族間の
大きなトラブルの種になりかねない。
最後に、相続税にも税務調査があることを肝に
銘じていただきたい。
税務署は、申告されたすべての
相続税の申告書を
丹念にチェックしている。
故人のみならず親族の財産もすべて調べ上げている。
配偶者や子供名義の預金は税務署員が最も興味を
持つ対象であり、そういった意味では、親族同士といえども
日頃から財産の名義についてはきっちりと区別して
おくことが必要である。
また、安易な相続税対策にはくれぐれも注意したい。
「これはこうだったことにして」などと自分に都合のいい
理屈で親族に財産を分散させたつもりでも、税務調査は
その当事者が亡くなった後に行われる。
理詰めで発せられる調査官からの質問に対して
事情をよく理解していない親族が適当な返事をしたら
故人の「対策」はすべて水泡に帰してしまうかもしれない。
調査で赤恥をかかないためにも、相続税対策は
常識の範囲内で、親族間のコミュニケーションを
図りつつ実行していきたいものである。
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